2005年 09月 12日
選挙結果「日本的民主主義の終焉」
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久しぶりに書きたくなったので書きます。自民の大勝に、やれ危険だの、独裁制の始まりだの、ブロガーたちは大騒ぎだが、選挙戦の最中にはちょっと書くのを躊躇われたが、結果を見てあえて書こうと思う。
今回のこの結果は、郵政民営化などという具体的なイシューではなくて、国民の2つの要求の結果だと思う。利益誘導型政治と、国対政治を終わらせてくれ、という要求である。皮肉にも、この2つを終わらせようとしているのが自民党(=小泉)で、民主党が「政治は政権交代がないと変わらない」と叫べば叫ぶほど空々しく聞こえてしまった、ということなんだと思う。実際、民主党が政権を取ったって、利益誘導型政治と国対政治は延々と続くであろうと思う。
郵政民営化に焦点が当たった、その二元論にまんまと国民が乗った、などと分析されているが、実際は国民はそんなにバカではないのだ。重要なのは実はプロセスであったのだ。
反郵政改革派(例えばK井とか)が解散前に盛んに言っていたのが、「独裁者を許すな。民主主義とはよく話し合って決めるもんだ」ということだが、この「日本型民主主義」の解りにくさが痛みに疲れた日本国民には相当イラついたはずだ。自民党の総裁の言うことを何故聞かないのか?上司の命令は絶対であるというサラリーマンには理解できない。だったら最初から総裁にするな、ということである。国対政治と書いたが、元々は与党と野党の間の密室政治を指した言葉だが、元々様々な政党が野合してできた自民党にはいろんな考え方の人がいるわけで、こいつらが抵抗勢力として「与党内野党」として存在するのを国民はさんざん見せつけられてきたわけだ。で、小泉改革がこいつらにつぶされて骨抜きにされていく様を4年間見せられ続けたわけだ。つまり、国対政治はその意味を変えて、与党内の調整を表現する言葉となった。特に郵政民営化法案をめぐってそれが顕著に現われたわけだ。
国対政治とは、国会内で行われない政治だ。国会の外で密室で行われる政治、それが重要なことをすべて決めてしまうことに国民は我慢できないのだ。今までは国対政治の象徴は自民党であったが、今回は小泉首相がこれに追いつめられ、これを明らかにぶっ壊す解散に打って出た。国民が熱狂的に迎えた真の理由はここだと思う。
利益誘導型についてはもう言わずもがなであるが、特に都市部の有権者の間には、国会議員なのだから、一部の利益を代表するような政治をすべきでない、という意識が高い。これが郵政民営化に象徴された形だと思う。
今回自民党が郵政反対派をバッサリ切り、そこに対立候補をことごとく立てていくという、一見極端に見えるやり方、これがものの見事に上記の二つを本気でぶっ壊すぞ、というメッセージとなった。
はっきり意識はしていなくても、「利益誘導型政治と国対政治を終わらせる人は小泉しかいない」ということの現れが今回の選挙結果なのではないだろうか?しかし、国民の期待は大きいだけ、キラーンと目は光っている。これができなきゃ、次回は違った審判が下るに違いない。
今回のこの結果は、郵政民営化などという具体的なイシューではなくて、国民の2つの要求の結果だと思う。利益誘導型政治と、国対政治を終わらせてくれ、という要求である。皮肉にも、この2つを終わらせようとしているのが自民党(=小泉)で、民主党が「政治は政権交代がないと変わらない」と叫べば叫ぶほど空々しく聞こえてしまった、ということなんだと思う。実際、民主党が政権を取ったって、利益誘導型政治と国対政治は延々と続くであろうと思う。
郵政民営化に焦点が当たった、その二元論にまんまと国民が乗った、などと分析されているが、実際は国民はそんなにバカではないのだ。重要なのは実はプロセスであったのだ。
反郵政改革派(例えばK井とか)が解散前に盛んに言っていたのが、「独裁者を許すな。民主主義とはよく話し合って決めるもんだ」ということだが、この「日本型民主主義」の解りにくさが痛みに疲れた日本国民には相当イラついたはずだ。自民党の総裁の言うことを何故聞かないのか?上司の命令は絶対であるというサラリーマンには理解できない。だったら最初から総裁にするな、ということである。国対政治と書いたが、元々は与党と野党の間の密室政治を指した言葉だが、元々様々な政党が野合してできた自民党にはいろんな考え方の人がいるわけで、こいつらが抵抗勢力として「与党内野党」として存在するのを国民はさんざん見せつけられてきたわけだ。で、小泉改革がこいつらにつぶされて骨抜きにされていく様を4年間見せられ続けたわけだ。つまり、国対政治はその意味を変えて、与党内の調整を表現する言葉となった。特に郵政民営化法案をめぐってそれが顕著に現われたわけだ。
国対政治とは、国会内で行われない政治だ。国会の外で密室で行われる政治、それが重要なことをすべて決めてしまうことに国民は我慢できないのだ。今までは国対政治の象徴は自民党であったが、今回は小泉首相がこれに追いつめられ、これを明らかにぶっ壊す解散に打って出た。国民が熱狂的に迎えた真の理由はここだと思う。
利益誘導型についてはもう言わずもがなであるが、特に都市部の有権者の間には、国会議員なのだから、一部の利益を代表するような政治をすべきでない、という意識が高い。これが郵政民営化に象徴された形だと思う。
今回自民党が郵政反対派をバッサリ切り、そこに対立候補をことごとく立てていくという、一見極端に見えるやり方、これがものの見事に上記の二つを本気でぶっ壊すぞ、というメッセージとなった。
はっきり意識はしていなくても、「利益誘導型政治と国対政治を終わらせる人は小泉しかいない」ということの現れが今回の選挙結果なのではないだろうか?しかし、国民の期待は大きいだけ、キラーンと目は光っている。これができなきゃ、次回は違った審判が下るに違いない。
by mo_ura
| 2005-09-12 01:44
| 社会